あな、いみじ

未曾有の「おかしさ」を考えてみる。

例えば、
「制度として間違っていない。」
「別の会社がやったこと。」
「100年に一度の未曾有(「みぞうゆう」ではないですよ)の出来事だから、仕方がない。」
「自らが非正規労働者として働くことを選んだのだから、自己責任の部分もある。」
「派遣社員を使い捨てにするな!」

それぞれ当事者としては正しいことを言っているのだと思うし、その意見の多くが平行線をたどることも、それはそうだと思う。
第三者的には、正しくなかったり、酷いことだったり、自分の言い分だけを通すことで解決できる問題ではないと思う。

直接関与しているのではないので、主観的には正しいこととして…僕の理屈ではこうなる。

感想として、推測というか思い込みで言ってしまえば、制度や組織(会社とかね)、個々人がこれまでやってきた手抜きやインチキや浅はかな考えやその場しのぎの先送りの「一つの」結果だと思う。

個人が自らの振る舞いによって受ける被害は、ほぼ個人のみで済むことが多い。

制度や組織の振る舞いによって引き起こした事柄の被害は、本来ならその利益を享受すべき、それらを支える個人に降り掛かる。
関わり度合い、享受する利益によってその被害の度合いは変わるべきなのだが、関わりも利益も最小のものが、命に関わるところでその被害を被っている。
組織を守ることで責任を果たそうとすることは、一面正しいが、末端の命と引き換えというのはいただけない。

「では、組織が崩壊して全員が路頭に迷えばいいのか?」

もっともらしい言いがかりの一つだ。
そうならないようにするのが、関わりも利益も最大の者が果たすべき、本来の責任ではなかったか?
「100年に一度の未曾有」を免罪符にして、たとえその一部であれ、組織を殺すことで責任を果たすことが「経営」であるなら、だれでもできることだ…その立場にさえいれば。

これはインチキだ。

いまのところ、制度の側…国民の生命と財産を守るべき制度およびその運営主体も、その責任を放棄しているかのように見える。
いささか暴論だが、人間が等質でないことが前提になりうるなら(いや、なると思う)、どんなヤツのどんな命と財産も守ることがその責任ではないか。
失業者を出すことは、最大の失政のひとつだ。

失政を招くような政府を、政治を選びとった国民にも責任はある。もちろんだ。
それは自民だ民主だ共産だと、自分たちの都合に合致した政党を選ぶということではない。

学ばなければいけない。
考えなければいけない。
自分のできることをしなくてはならない。

国も、社会も、会社も、そして現時点の自分も、頼るには信頼性が低い。
[PR]
by hiro0919e | 2009-01-10 11:46 | 時事ネタ
<< 政権与党内の反体制力を見ているとね。 ×∈Rо×さまの成長戦略 >>



なりゆき任せに過ぎて行く日々…
●おしらせ●
Link
BRR wave

を勝手に応援しています。

人気blogランキング
登録してみました。内容がよかったら、ぜひクリックしてあげてくださいm(_ _)m

ライフログ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧